2014/06/18

ゆとりなヤツら

半ば嘘をついてデザイナーになった。
飛び込んでしまえば泳げる自信があった。
現実にはそんなに上手くいわけがなく、広げてしまった風呂敷の大きさに一刻も早くなるべく必死だった。
毎日終電まで居残り、先輩の技を盗みまくったものだ。
そういった気概がまるでないのが隣に座って「デザイナー志望」とか言ってる。
なめられたものだ。
私も暇ではないし、疲れやすいしw、自分に厄災が降りかからないように、最低限の指示を出すのみである。
もっと馬鹿で偽善に満ちた上司を持つべきだろう。

2014/01/26

量子物理学的生き方

自分という存在は、一瞬前に体験したことを認識する現在とイコール。
記憶や体験に基づいて現在があると思い込んでいるが、記憶なんてものはとても曖昧なものだし、そんなものを思い出しているのもまた現在だ。
連続的に過ぎていく現在において、体験している以外のものは存在しているかどうかも分からない。
例えば、今この瞬間に離れて暮らす親の生死も五分五分の確率である。
実家に帰って体験として親に会えば、親は生きている。
過去に死んだという事実が記憶にあり、帰省して会えなければ、やはり死んでいたということになる。
そして、実家を離れ日常に戻れば、生きていた時と死んでしまった時が五分五分の存在になる。
正確には、親が生きていて離れて暮らしている状態と、親が死んでしまっていて離れて暮らしている状態に全く違いがないのだ。
自分以外の存在とはそういうものだ。
 
自分から排除したい要素(悲しい・ムカつく・辛い)から離れる・思考しない、つまり体験しなければ、それらは存在すらしない。
 
面白い時代に生きてるなぁ。