- 一番後ろの窓際を狙う。(しかも、日の当たる確率の低い側。夏冬問わず日光は暑い。)
- 次に狙うのはドアのすぐ後ろの一番前。
- その次は独り掛けの席のどれか。
- その次は、2人掛けのシートの窓際。
- 2人掛けのシートの通路側には座らない。空いていたとしても、座らずに立つ。
(2)は、当然一人掛けなので、他人と接近することはない。誰かが乗ってきても、後ろの方から詰めて乗る習慣があるので、席を譲るタイミングというのは、乗車率が非常に高く、ドア横まで人が溢れている状態で、乗ってきたのがたまたま老人や妊婦のようなプライオリティーが高い方だった場合。しかし、あまりに乗車率が高い場合は、席を譲ることもままならない。 よって、終点までプライベートスペースを確保できる可能性が高い。
(3)は、独り掛けなので、これもプライベートスペースを確保できる。が、席を譲らなければならない可能性が高い。
(4)の場合は、窓の外を眺め続け、音楽でも来ていれば、擬似的にプライベートスペースを確保できる。しかし、隣に座られる可能性が高いし、数センチまで他人と接近することになる。恋人でもない人とこの密着度は、私には耐えられない。
(5)のシートに座るということは、既に座っている赤の他人に、自ら密着しにいくということ。これは絶対にあり得ない。よって、座らずに立つ。
混雑している状況で、他人と数センチのところ間で接近しても、不快ではあるが耐えられない訳ではない。電車のシートに座る場合などは、接触したとしても違和感は全くない。 では、何故、(5)の場合が耐えられないのか。 それは、2人という人数によるもののような気がする。
大勢が密着するシチュエーションにおいては、特定の他人の隣にあえて接近するという感覚がなく、仕方なくそこに身を置くという感覚だが、2人掛けのシートに既に1人座っていて、そこに接近しにいくというのは、意図的ではないにせよ、その人の隣を選んだという感覚になるからだろう。
その証拠に、2人掛けの通路側に座る人を観察すると、同性とペアになる場合が非常に多い。異性の隣に接近して、妙な感情を持たれたくないのだろう。同性なら少なくとも、“仕方なく”というエクスキューズが成立している気がするからだ。
私の場合は、他人との距離感にセンシティブな性格なので、同性の場合でもNG。
大勢が密着するシチュエーションにおいては、特定の他人の隣にあえて接近するという感覚がなく、仕方なくそこに身を置くという感覚だが、2人掛けのシートに既に1人座っていて、そこに接近しにいくというのは、意図的ではないにせよ、その人の隣を選んだという感覚になるからだろう。
その証拠に、2人掛けの通路側に座る人を観察すると、同性とペアになる場合が非常に多い。異性の隣に接近して、妙な感情を持たれたくないのだろう。同性なら少なくとも、“仕方なく”というエクスキューズが成立している気がするからだ。
私の場合は、他人との距離感にセンシティブな性格なので、同性の場合でもNG。
いわゆる“気”というものが弱く、他人の気が入ってきてしまうせいなのだと考えている。