12日に、義母の姉の葬儀に行くために、長野に行った。
東京駅から1時間程で到着。
新幹線は快適で早い。
私の披露宴でお目にかかったきり、再会することなく逝ってしまわれた。
せめて、我々家族が健やかに、堅実に生活している事を報告しようと、二人の子供も連れて行った。
「死者が人を集める」なんて事を言う人もいるが、まさにそうで、披露宴以来の方が大勢いた。
この日は、お焼香を済ませ、現地に2時間ほど滞在しただけで帰った。
明くる日、今度は山梨の実家へ里帰り。
大好きだった叔父の新盆に、仕事の都合で行けなかったので、代わりにお彼岸という訳だ。
お墓に着いて、線香をあげ、「新盆は逢えなくてごめんなさい」と先ず謝ってみた。
生前、下の子に逢わせることができなかったので、墓前にてお披露目。
その後、近くの公園に行くと、従兄弟が一家で来ていて、同じく墓参りに行ったという。
ここでも、死者に引き合わされたのか。。。
彼らとも、叔父の葬儀以来。
「黒服以外で逢おうね」と言ったきりだったので、念願かなった訳だ。
東京へ帰る日、長男が朝から、発熱と嘔吐。
実家の近くの小児科へ。
しばらく様子をみて、解熱剤が効いたところで、いざ出発。
そして、明けた今日、妻もダウン。
長男は相変わらず嘔吐と発熱。
長女も何となく体調が悪そうだ。
私は喉が若干痛む程度で何ともない。
なので一日中家事に翻弄される。
晩飯は、リゾットを作って食わせた。
2008/09/23
2008/09/12
いよいよ出るのか?
だんだん涼しくなってくると、いわゆる“メロー”な感じの音楽を聴くようになる。
先日も、dip in the poolのデビューアルバムのデビューアルバムとMIKADOの冬のノフラージュ冬のノフラージュを購入してiPodに入れて、通勤時はすっかり秋気分。
そして、なんと言っても Wendy and lisaなのだ!
Wendy and Lisaは、1999年あたりで、Girl Brosと改名して、同名のアルバムをリリースしてからだから、リーダーアルバムとしては約10年ぶり!
彼女たちの曲を聴くと、深く積もった落ち葉の匂いや、鼻の奥がツンとするような乾いた秋風の感覚が蘇ってくる。
秋に向けて、たのしみであーる。
↑新曲のようだ。
先日も、dip in the poolのデビューアルバムのデビューアルバムとMIKADOの冬のノフラージュ冬のノフラージュを購入してiPodに入れて、通勤時はすっかり秋気分。
そして、なんと言っても Wendy and lisaなのだ!
Wendy and Lisaは、1999年あたりで、Girl Brosと改名して、同名のアルバムをリリースしてからだから、リーダーアルバムとしては約10年ぶり!
彼女たちの曲を聴くと、深く積もった落ち葉の匂いや、鼻の奥がツンとするような乾いた秋風の感覚が蘇ってくる。
秋に向けて、たのしみであーる。
↑新曲のようだ。
2008/09/06
路線バスに乗るときどこに座る?
路線の始点から終点まで乗る場合。
(2)は、当然一人掛けなので、他人と接近することはない。誰かが乗ってきても、後ろの方から詰めて乗る習慣があるので、席を譲るタイミングというのは、乗車率が非常に高く、ドア横まで人が溢れている状態で、乗ってきたのがたまたま老人や妊婦のようなプライオリティーが高い方だった場合。しかし、あまりに乗車率が高い場合は、席を譲ることもままならない。 よって、終点までプライベートスペースを確保できる可能性が高い。
(3)は、独り掛けなので、これもプライベートスペースを確保できる。が、席を譲らなければならない可能性が高い。
(4)の場合は、窓の外を眺め続け、音楽でも来ていれば、擬似的にプライベートスペースを確保できる。しかし、隣に座られる可能性が高いし、数センチまで他人と接近することになる。恋人でもない人とこの密着度は、私には耐えられない。
(5)のシートに座るということは、既に座っている赤の他人に、自ら密着しにいくということ。これは絶対にあり得ない。よって、座らずに立つ。
いわゆる“気”というものが弱く、他人の気が入ってきてしまうせいなのだと考えている。
- 一番後ろの窓際を狙う。(しかも、日の当たる確率の低い側。夏冬問わず日光は暑い。)
- 次に狙うのはドアのすぐ後ろの一番前。
- その次は独り掛けの席のどれか。
- その次は、2人掛けのシートの窓際。
- 2人掛けのシートの通路側には座らない。空いていたとしても、座らずに立つ。
(2)は、当然一人掛けなので、他人と接近することはない。誰かが乗ってきても、後ろの方から詰めて乗る習慣があるので、席を譲るタイミングというのは、乗車率が非常に高く、ドア横まで人が溢れている状態で、乗ってきたのがたまたま老人や妊婦のようなプライオリティーが高い方だった場合。しかし、あまりに乗車率が高い場合は、席を譲ることもままならない。 よって、終点までプライベートスペースを確保できる可能性が高い。
(3)は、独り掛けなので、これもプライベートスペースを確保できる。が、席を譲らなければならない可能性が高い。
(4)の場合は、窓の外を眺め続け、音楽でも来ていれば、擬似的にプライベートスペースを確保できる。しかし、隣に座られる可能性が高いし、数センチまで他人と接近することになる。恋人でもない人とこの密着度は、私には耐えられない。
(5)のシートに座るということは、既に座っている赤の他人に、自ら密着しにいくということ。これは絶対にあり得ない。よって、座らずに立つ。
混雑している状況で、他人と数センチのところ間で接近しても、不快ではあるが耐えられない訳ではない。電車のシートに座る場合などは、接触したとしても違和感は全くない。 では、何故、(5)の場合が耐えられないのか。 それは、2人という人数によるもののような気がする。
大勢が密着するシチュエーションにおいては、特定の他人の隣にあえて接近するという感覚がなく、仕方なくそこに身を置くという感覚だが、2人掛けのシートに既に1人座っていて、そこに接近しにいくというのは、意図的ではないにせよ、その人の隣を選んだという感覚になるからだろう。
その証拠に、2人掛けの通路側に座る人を観察すると、同性とペアになる場合が非常に多い。異性の隣に接近して、妙な感情を持たれたくないのだろう。同性なら少なくとも、“仕方なく”というエクスキューズが成立している気がするからだ。
私の場合は、他人との距離感にセンシティブな性格なので、同性の場合でもNG。
大勢が密着するシチュエーションにおいては、特定の他人の隣にあえて接近するという感覚がなく、仕方なくそこに身を置くという感覚だが、2人掛けのシートに既に1人座っていて、そこに接近しにいくというのは、意図的ではないにせよ、その人の隣を選んだという感覚になるからだろう。
その証拠に、2人掛けの通路側に座る人を観察すると、同性とペアになる場合が非常に多い。異性の隣に接近して、妙な感情を持たれたくないのだろう。同性なら少なくとも、“仕方なく”というエクスキューズが成立している気がするからだ。
私の場合は、他人との距離感にセンシティブな性格なので、同性の場合でもNG。
いわゆる“気”というものが弱く、他人の気が入ってきてしまうせいなのだと考えている。
登録:
投稿 (Atom)