2008/06/03

グラフィックデザイナーは何処へ向かうのか

私はそもそも紙媒体のデザインデザインを得意とし、仕事にしてきた。
紙媒体のデザインに於いては、その特性上、時間軸の概念が存在しないので、それをどう表現するのかが面白さのひとつでもある。
モノクロ写真で色を感じさせる、文章で情景を感じさせるといったことと似ている。
 
時間軸が存在するムービーの世界で「感じさせる」表現をするのは大変難しい。
なぜなら現実世界での体験に接近するからだ。
 
例えば、「そよ風が吹く春の日に、桜の花びらがゆっくりと舞い落ちる」場面を表現したとしよう。
時間軸が関係してくるのが「そよ風」と「ゆっくりと」といった物体の変化だ。
ムービーならば木の枝がゆったりとしなり、花びらがひらひらと落下する動きを“物理シミュレート”すればいい。この作業は数学に近い。
紙媒体の場合、ある瞬間(一定時間)を切り取って表現する必要があるため、木の枝や桜の花びらには、ブラーなどで移動している事を表現し、木の下に水面を配置して、花びらが着水した瞬間を波紋などで演出し重力を感じさせてみたりする。
 
つまり、紙面上では有りもしないものを、錯覚や本能や民族性などを利用して、あたかもあるように感じさせることができる。そしてそのスピードや移動する方向は見ている人の感性に依存する。
そこには、いわゆるデザインが存在している。決して数学ではない。

このサイトを見るとよく分かるのだが、全くというわけではないが(このグリグリ動くグラフのムービーをデザインと呼ぶなら)、ここにはデザインが存在しない。存在するのは三角関数とデジカムで撮影された映像と音声だけだ。

もし仮に、このプロジェクトにデザイナーとして呼ばれたら一体どんな仕事をするのだろう。
 
丸とか、螺旋とか、スマイルマークのスケッチを書いて終了?
そんな仕事で報酬を貰えるはずがない。

じゃあ何処までやれば報酬が貰える?

動きを付けるところまで?(映像の撮影以外すべて)
しかしこの作業は、数学である。
 
インタラクティブムービーを制作する環境に於いては、グラフィックデザイナーとして頑固なスタンスを守り抜いている人間の居場所はないのである。
しかしながら、数学好きのプログラマが作り出した、物理をシミュレートしただけのコンテンツではない、グラフィックデザイナーしかできない「感じさせる」コンテンツ作りが存在するはずで、私自身、未だ明確な答えを出せず、毎日数学と超能力の狭間で苦しんでいる。
 

ちなみに、困ったことにユニクロコンテンツのようなグリグリ動くコンテンツは大好きで、30分ほど夢中で弄りまわしてしまうのだった。。。orz
でも、その後には何も残らない。商品が何だったのかも思い出せない。
恐らく、感じているのではなく、体験しただけだっただからだろう。